夢のはなし

 

 

 睡眠中下、

 

  虎が5~6匹 自宅と思わしき空間に 

  とてつもなくでかい 

 今にも食われそうで こわごわとしながら

 

   私は言う

  「 もう飼えないよ、

    手放した方がいい

    怖い、小さい時はよかったけど  

    もうこんなにでかく。

    飼えない」

 

     でも ずっと飼ってきたらしい 

     それらに

     手放しがたい かわいさと 

     罪悪に似た さみしさも

     持ち合わせながら、

 

    部屋満杯に 体をひしめき合う 

    大きな虎どもが

    怖く かわいく 手放したかった

 

 

 

 

     そんな夢が     

   自分の今の現状を表してなのか

 

     飼い猫の愛猫の今後を 

    不安にも思っている自分が 

     いるからか、勿論捨てたいなど 

     思っていないのだけれど。

 

    こんな自分一人 

   生きていけてない自分一人で

    このこ を最後まで見れるのか

    不安と でも愛おしさからの責任を

     強く感じてからか。

 

 

 

    自分の現状でも 

    強い今までにない

   集中力 切り替え力 

  周囲に動じない精神があるから

   その次に 

 進める何かを感じてなのかな、

   ふあん 強烈な恐怖感。

 

 

     とか 下らない 

   こじつけの夢解説を興じてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

   インターネットで 

  調べものをしていると。

 

 私の 脳みそはどうも 

古い脳(生物本来の、情動・生命維持)と

新しい脳(右脳左脳、知能・創造・記憶)が

       

上手く連携できていないのだ  と

 

 

      そこで ホメオスタシス

          を目にする

 

 

     恒常性だ、 私の好きな、

 

 

     考え方によって 

 恒常性はとても 愛おしいものであるし

      大切であるのは変わりないが。

 

 

     私の脳において この恒常性は

     過度に 反応しすぎて 

  私から柔軟性を失わせているのであり、

     なんとも悲しくなった、

 

 

     恒常性の言葉がもつ 

  意味合い 表現のイメージは

      好きだったのだけれど、 

 私には少し遠ざけて 存在を意識する方が

      良いのかもしれません、

 

      柔軟に 

    変化していく力を手に入れるには。

 

 

 

 

 

 

     物事には 本質が必ずある、

 

    それを見つけるには 

   目に見えるモノ  モノを

    見定め それらが生じた

    原因・要因を探り 

   当てていくことでしか

     考えようのないもので。

     見えはしない  

    でも暗中模索を続けていると

 

    分かる それに出会えるのだ  

    簡単ではないけれど。

    自分の思考の中にある 

    モノであるならば、

    分かるに 繋がることができる。 

    時間はかかろうとも