わたしの 幸福の条件

 

6月の有休は、よいお休みとなった。

 

とても心地が良かった。

少しばかりの さみしさと

寝苦しさの合間のじかん でぼんやりと

 

日光を浴びて 生き物である事思い出して、

暑い日は とことん焼けたいのであります、

痛みがでないほどぐらいに。

 

昔は 色黒である事が 自身の

チャームポイント?のように思っていたのに

年齢を重ねるうちに、 そんなところは

薄れてしまった。 色黒になりたい、

シミが出来ない程度に…。

 

 

 

 

障害雇用で働き始めて

 

何が 幸福かって。

 

切り替え力のなさによる、説明や報告の不出来さを

気にせずに居られるのも 一つだが、

 

 

何より私は。

業務スピード、理解度に差異はあれど。

行う業務に 【私専用】がない事が一番、

苦しくない

 

 私の出来るものが 限られて

 効率的に 得意を任せるとはいえ、

【私専用】には結構堪えるのだ。

 

 得意とは名ばかりで

 それには出来ないレッテルが

 常に付きまとってきて。痛い

 

 私のプライドが高いのかもしれないけれど。

 でも

 この【私専用】は 前職に限ったものでなく。

 学業での使用教材でも【私専用】

 

 どこへ行っても、 ここでもかあ。と

 とても嫌だったから。

 

 なんだか結局逃げでは 

   あるのかもしれないけれど

 そのしんどさ とおさらばできている 現状は。

 今の私にとって とてつもなく幸福感を

 生み出しています、

 

 

 

 

 知らない怖さ 同じでない不安を

 楽しさに変換できるよう 試みは続けるけど、

 

 私の注意力の限度からし

 細部の一か所のみに 向かって進む事

 これが 不具合を生みださずに 且つ

 私の 幸せに繋がる基盤なのでしょう。

 

 だから ふつうの幸福条件を真似しては

 苦しむだけで、出来ないが増えるだけ。

 

 今も思考に残っている

 昔ながらの なりたい像 やりたい仕事は

 手放すのが 最適なのかもしれない、

 

 私には それに必要な条件で

 幸福感にはつながらないのだから